■Nineteen ninety-nine at Shanghai

 今から9年前、1999年のこと。
 私はとあるニュース番組のディレクターをしていたんだけど、その時代に番組のメインキャスターと一緒に上海の取材に行ったことがある。
 テーマは、香港の返還、伸びゆく中国、上海の発展と喧噪、というようなところだろうか。1週間程度の取材スケジュールの中で、クライマックスは、上海からのキャスター中継だった。
 取材中は、中国政府弁公室(広報部)の役人がぴったり付いて、ちょっと窮屈な感じはしたものの、中国の新しい株式市場の様子も、裁判の様子も、おおむね興味深く、気持ちよく取材することができた。
 ところが、信頼カタストロフィは最終日、中継当日の前日にやってきた。

 中継の前夜、中国人コーディネーターが、突然私にこう言った。
「ヒキタさん、明日の中継のことですけどね、私、ちょっと前から心配だったことがあるんです」
 え、なに? 何か不手際でも? 私はちょっと焦る。
 中継の用意は東京にいたときから手続きを済ませており、場所も、時間も、回線も、中継車、カメラ、ほか、すべては万全だったはずだ。そのために○百万円払った。通常の相場から言うなら、ちょっと高い○百万円だったけど、そこは中国。仕方ない。
 でも何なんだろう、心配なこと、とは?

■音声がありません

「ヒキタさん、ヒキタさんが何も言わないから、そのままにしてましたけど、私、心配ね。明日、中継車も、カメラも、衛星回線も押さえましたけど、音声と照明は、ありませんね。ヒキタさん、音声と照明なしで、どうやって中継やるのか、すごく心配でした。音声と照明は絶対に必要だと思うんですけどね」
 私は唖然……、いや、呆然である。
 テレビ業界の常識で言うなら、もちろん「中継発注」の中には、音声や照明が込みになっているのは、当たり前すぎるほど当たり前なのだ。
「何を言ってるんですか。そんなの込みになっているのは当たり前でしょう。常識ではありませんか」
 私は声を荒げるが、中国人コーディネーターは蛙の面に小便である。
「それは日本の常識であって、中国の常識ではありませんね。中国では音声と照明は別。これ常識」
 なにをバカなことを。
 こんなのは中国であろうと、アメリカであろうと、ペルーであろうと、ホンジュラスであろうと(全部ヒキタの経験国)、同じコトなのだ。そもそも上海・東京の中継を、○×電視台は「1から100まで全部」の約束で受注したはず。何を今さら……。私はアタマに血が上ってくるのを自分で意識せざるを得なかった。
 だが、コーディネーターは、笑って言う。
「まあまあ、ヒキタさん、そんな顔をしなくても大丈夫。そういうこともあろうかと、私は私の強力なコネを使って、発注の用意はしているんですよ。音声も、照明も、明日の中継時刻までにきっちり用意します。これ、私だからできる話ね」
 私があきれて黙っていると、彼は続けた。
「でもタダじゃありませんよ。音声が○百万円。照明が○百万円。こっちも無理を言うんですから、多少高くても仕方ありませんね」
 ○百万円とは、中継費用の○百万円と同額である。
 つまり当初の予算の3倍がかかるというわけだ。

■これぞ中国ビジネスの神髄

 もちろん文句を言う。当たり前だが、私はかなりアタマにきていた。だが、時間はないのだ。中止にもできない。コーディネーターはそれを知っているから、どこかでこちらが折れると踏んでいる。表情には薄ら笑いすら浮かんでいる。
 結局、いろいろ押し引きをした上で○百万円を半額にさせた。
 しかし、それでも当初の予算の倍である。
 私は電話で部長にそのことを話し、ちょっと怒られ、しかし、部長は電話口でこう言った。
「それくらいのことは、あると思ってたよ」
 部長は、かつて、北京特派員だったから。

 私は中国人そのものを、ことさらに好きでも嫌いでもない。
 いつぞやこのメルマガで紹介したことのある「世界で二番目に臭い料理・臭冬瓜」を食わしてくれた中国人は、イタズラ好きで、人懐こいナイスガイだった。人の好き嫌いなどは、その人それぞれで様々。いわばケースバイケースなのだろう。
 しかし、その一方で、私は正直申し上げて、中国人の言うことについては、ほぼ全面的に信用していない。
 何があっても話半分。いや、半分どころか10分の1以下だ。目の前にブツがあるか、カネがあるかして、お互い手にすることができない限り、取引には応じない。
「約束」「信用○×」など、もってのほかである。
 彼らは「豹変」することについて、罪や恥の意識を持っていないし、目の前に転がった利益をそのままにしておくほどお人好しじゃないのだ。尖閣諸島の構図だってこのあたりに要因がある。
 実は中国人との「取引」の中で裏切られたことは、この経験だけというわけではない。ま、これほど手ひどく、あからさまな裏切りは、珍しかったけれど、それに似たようなことは、あの大陸では日常茶飯事である。
 どんなことだって、裏切られる。

■日本からの応援団・第一陣わずか8人

 昨日飛び立った北京五輪のための日本航空チャーター便には、日本人応援団がわずか8人しか乗らなかったのだそうだ。五輪旅行ビジネスについて、旅行会社各社、航空各社は、何年も前からの皮算用が外れて大弱りだという。テロだの何だの危険もあるし、これまでの餃子事件ほか食品に対するイメージ低下も大きいのだろう。
 だが、私が思うのは、こうした草の根というか、現実としての仕打ちが、あの国のイメージを大いに下げているということだ。
 一度中国を訪れた人が、必ず中国を嫌いになって帰ってくる。
 そういう事実の積み重ねが、今回の日本人のこうした冷たい反応に結びついている。

 北京五輪の成功を祈る。
 だが、その祈りの濃度は決して濃くはない。むしろ、私の中では限りなく透明に近い。

(matsumiからリブログ)

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